2018/12/06
書痙について 書痙克服するためにやったこと 外科医書痙克服記録

字を書く時に手が震える症状を書痙と言います。
特に人前で文字を書くとき、書痙が発症します。
結局書痙も手の震えの一種なわけで、私も書痙になっても何ら不思議ではなかったわけです。
でも、字を書く機会は非常に多い。
冠婚葬祭の記帳する時、サイン、署名をする時、クレジットカード支払い時の名前を書く時、学校に通っている人ならいくらでも機会があるし、仕事でも細かいところで人前で文字を書かなければならない。
社会人として生きている以上は、文字を書くことから逃れらない。
もし白バイの隊員が書痙だったら、せっかくの憧れの仕事に就けたとしても、青切符に文字をたくさん書かなければならないため、非常に追い込まれるでしょう。
そんなこと(普通考えもしないことでしょうね)を当時考えて、書痙ってかなり仕事が制限されるものなんだと心がクサクサしていたものです。
私の場合、カルテという厄介なものもありました。
私はなるべく日常生活でも、サインではなく、捺印ですませていたし、クレジットカード支払いも暗証番号ですませていました。
メインでつかっていたAMEXカードは、ショッピング時にサインが必要となるので、解約をしたぐらいです(とはいえ、現金派でも、お金の受け渡しで震えたらどうしようと思ってしまうからきりがない)。
それくらい気を使って書痙を必死で避けようと生きてきたわけで、どれだけ日常振り回されていたかわかると思います。
書痙を抑えようとすればするほど、意識が手、腕に集中してしまい、ますます書痙がひどくなる、あの悪循環は厄介です。
書痙を抑えようとすればするほど、意識が手、腕に集中してしまい、ますます書痙がひどくなる、あの悪循環は厄介です。
人前で文字を書くことへの恐怖感だけが募り、ましてや震えて文字が汚くなったときには、ますますトラウマを上書きしてしまうことになりかねない。
書痙についても、私の克服しようとするあらゆる努力が水泡に帰し、絶望が襲ってきました。
いくら努力しても達成できないことほど、心がやられることはないでしょう。
いわゆる予期不安(文字を面前で書く機会)が日常生活をも抑うつ状態に変えてしまいました。
その当時の私の心象風景は荒野の冬のイメージです。
緑も水もまったくない、荒涼とした荒れ地に冷たい風が吹くような。
結局、書痙の原因は緊張が過ぎたため、またはそれが常態化してしまって、もう理由がなく震えるようになったことです。
精神的な原因(過緊張、ストレス)の場合、手術をして治るわけでもないし、自力で治そうとしても悪循環にはまるだけ。
結局、私のあらゆる表面的対策はどれも無駄でした(表面的とはいえ必死でした)。
根本から緊張しなくなる自分、または緊張してても受け流すことができる自分、緊張に強くなる自分になるしか書痙克服はできませんでした。
緊張なぞあっていい! 緊張してこそ人間だし、それがパワーにもなる。
緊張をゼロにしようと努力すると、結果はついてこない。
過緊張の多くの人のいけない所は、緊張がゼロになって欲しいと考えてしまうところかもしれない。
そんなものはあり得ない夢物語であって、緊張していいし、そんな自分を許すことです。
いきなり肯定感を持つことは確かに難しいかもしれません。
しかし、震えてしまうのは私だけじゃなく、私と同じ人生を歩んで来た人ならば、必ずそうなるんだという風におもえたら、気持ちが楽になります。
その上で、リラックス感を体に味あわせ、いざその場面になっても、リラックス感を引っ張り出せる呼吸法の訓練をしました。
よく自律訓練法がいいという話も聞くし、私もやりましたが、自律訓練法で上手くいく人はほんの一握り、いやそれ以下だと思います。
トランス呼吸法なら、やればやるほど誰でもうまくいくし、体の変化が味わえます。
岩波先生の指導で呼吸法をやり、さらに鍛錬、研鑽を続けました。
とにかく必死で訓練を励み、また意識改革もして、抑圧も外して、ちゃんと認知療法的アプローチをして心の整理をして、手の震えや書痙を克服できました。
緊張が緊張を呼ぶ悪循環をまず破壊しなくちゃ、最悪から抜け出せなかったし、そのために根本から自分を変えていく方法しかなかった。
書痙克服にはやることはたくさんあります。
考え方も変えなくちゃいけないし、今までの自分を大変革させる意気込みも必要。
常に体を固めてしまうことをやるよりも(常に悩み対策のことを考えてしまう)、脳も心も体も弛緩させる遊びのある生き方、それが大事だと思います。